専門医からのメッセージ Vol.6

体への負担が少ない、手術の選択肢 — 経尿道的水蒸気治療(WAVE治療)

日本大学医学部泌尿器科学系 泌尿器科主任教授
日本大学医学部附属板橋病院 病院長
髙橋 悟 先生

前立腺肥大症の治療 — 薬と手術

前立腺肥大症は、最初に頻尿の症状があり、進行するに従って尿の出にくさを自覚していく病気です。次第に出し切れなかった尿が膀胱に残り、さらに頻尿がひどくなったり、場合によっては腎機能への影響も出てきます。

もし生活する上で困っていたら治療が必要になりますので、放置せず早めに受診していただきたいと思います。

治療は、まずお薬になります。前立腺肥大症の第1選択薬は、α1遮断薬、もう一つはPD5阻害薬です。どちらも前立腺が肥大したことで圧迫され、狭くなった尿道を広げる作用があり、数日で効果が出ますが、α1遮断薬は射精障害などを起こすことがあります。PD5阻害薬は、もともと勃起障害治療薬として発売された薬で性機能への影響が少なく、比較的若い年代で性生活がある方に向いています。

前立腺が大きい、体積が30~40cc以上ある方の場合は、α1遮断薬に加えて5α還元酵素阻害薬というお薬を併用することもあります。

しかしながら、お薬で治療を続けていても十分な効果が得られなくなり、特に尿の出の悪さがある方の場合には、手術を検討します。このサイトにも説明がありますが、電気メスで前立腺を切除するTURP経尿道的前立腺切除術=transurethral
resection of the prostate やレーザーを使ってくり抜くHoLEP(ホルミウムレーザー前立腺核出術=holmium laser enucleation of the prostate)、レーザーで蒸散させるPVP(532nmレーザー光選択的前立腺蒸散術=photoselective vaporization of the prostate)など、いくつかの方法があります。いずれも肥大した前立腺によって狭くなった尿道を広げることで排尿障害を改善させる、現在のゴールドスタンダード(広く認められた手法のこと)になっています。

薬と手術の間を埋める治療法 — 経尿道的水蒸気治療(WAVE治療:Water Vapor Energy Therapy)

写真:髙橋 悟 先生

薬物療療と手術療法の間には以前からギャップがありました。今では、手術による患者さんの体への負担度合いはだいぶ低くなってきていますが、どうしても手術には麻酔や出血など、体に対して侵襲性があります。がんの場合なら、患者さんも納得して手術を受ける気になってくれますが、前立腺肥大症は良性疾患ですから、手術をためらわれる患者さんが多いのが現状です。

今は超高齢社会であり、80歳、90歳で手術を検討される方が当たり前にいらっしゃる時代です。でも、高血圧、糖尿病、狭心症などの心臓病、慢性腎疾患や脳血管障害などの既往症があると、私たち医療者側でも患者さんの体にかかってしまう負担について、正直なところ不安を感じることがあります。薬による治療から手術へと向かうハードルが高いのです。

このギャップを埋める治療法が、米国で開発され日本では2022年9月に保険収載となった経尿道的水蒸気治療(以下、WAVE治療)です。アンメットメディカルニーズ(いまだ満たされていない医療ニーズ)を満たす治療と位置づけられると思います。

“水”を使うWAVE治療のメリット

WAVE治療も手術の部類には入りますが、水蒸気、即ち“水”という自然のものを使うことが、まず特徴としてあげられます。インプラントなど体内に異物を残す必要がありません。また、手術に要する時間は5~10分と短く、出血もほとんどなく、入院期間も0日(施設によっては日帰り手術が可能)から数日と短いこと、麻酔については施設によって異なりますが、局所麻酔で行う施設もあります。つまり、患者さんの体への負担が従来の手術よりも少ないことが最大のメリットと言えます。持病をお持ちの方、高齢の患者さんのような、他の手術ではリスクが高い方がこの治療の適応となっています。

手術の方法は、まず、専用の器具に内視鏡を入れたものを、尿道から肥大した前立腺まで器具を進めます。器具の先端から細い針を出して103℃の水蒸気を前立腺組織の中に送り込み、細胞を壊死させます。壊死した細胞が数週間から3ヵ月程度で体内に吸収されると、それによって尿道が広がり、症状が改善されるという仕組みです。

水蒸気は組織の中で均一に速やかに加温できる特性があり、前立腺の表面を温めて組織の中まで伝播させる従来の温熱療法と比べると、膀胱刺激症状(痛みや頻尿)が少ないと考えてよいでしょう。また、尿道の粘膜自体にほとんど損傷を与えないので、いわゆる灼熱感や排尿時痛などの刺激症状も出にくくなっています。

従って、手術後に患者さんが鎮痛薬を使う頻度も少ないという印象を持っています。

前立腺肥大症の患者さんの約半数で過活動膀胱を合併していますが、WAVE治療を行うことによって、その約半数が過活動膀胱の症状も改善され、蓄尿症状も取れています。射精障害もなく、性機能を温存できることもこの治療のよい点です。

手術後のお薬については、患者さんによって変わってきます。お薬を飲まなくてもよい方もいらっしゃいますが、少し前立腺が大きい方で水蒸気を噴霧する回数が多かった方はα1遮断薬を1ヵ月間ぐらい飲んでいただく場合もあります。

WAVE治療のデメリットは、あえて2つ程度

よい点ばかり述べましたので、デメリットにも触れておきたいと思います。

手術後、すぐに症状が改善するレーザーなどの治療法に比べ、WAVE治療では症状の改善までに数週間から3ヵ月と少し時間がかかります。これは先に申し上げた壊死した細胞を吸収する時間が必要だからです。また、尿道にカテーテルを入れておく日数が他の治療より若干長い場合があります。当院では入院期間が2泊3日で、退院時にもカテーテルを入れたまま帰宅していただき、手術から1週間後の診察時に抜く、というスケジュールですが、これは外来での診察の都合なので、5日から1週間以内と考えていただいてよいと思います。カテーテルを抜いた後は通常に排尿できるようになります。

患者さんにとっても医療者にとってもハードルが低い治療法

患者さんに「こういう体に負担の少ない治療法もありますよ」とWAVE治療を説明すると、従来の手術の時よりも心のハードルが低いという印象です。「これは水という自然のものを使っていて、5年までの中長期成績も確認できています。再手術率も従来の手術と変わらず、むしろ低いぐらいですよ」とお話しすると、「いいですね」という反応がほとんどです。医師側も、抗凝固薬などを飲んでおられて出血が心配な患者さんに対しても安心して薦められます。

費用については、3割負担で入院費を含めて22万円程度です。高額療養費制度が利用できますので、実際は11~12万円ぐらいの負担になると思います。これは患者さんの収入によっても若干異なってきます。

患者さんへのメッセージ — WAVE治療を選択肢に

前立腺肥大症は良性疾患なので命に関わるものではありませんが、外出時にトイレの場所を確認しないと安心できないとか、気持ちが塞ぎ込んでしまうなど、生活の質に大きく関わってくる病気です。

WAVE治療の登場により、アンメットメディカルニーズが埋まってハードルが下がり、持病があって手術ができなかった方や、高齢の患者さんにも治療を受けていただけるようになったことは、本当に喜ばしいことです。充実した人生を送っていただくため、まさに超高齢社会が待ち望んでいた治療なのではないでしょうか。

ぜひ主治医の先生とよく相談されて、この新しい治療法を選択肢に加えていただきたいと思います。

写真:髙橋 悟 先生

髙橋 悟 先生 略歴

1985年、群馬大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院、国家公務員共済連合会虎の門病院、東京都立駒込病院を経て、1993年より米国メイヨークリニック泌尿器科リサーチフェロー。1998年、東京大学医学部講師、2003年、助教授。2005年、日本大学医学部泌尿器科学講座教授に就任。2009年より主任教授。2021年より同大学医学部附属板橋病院病院長。日本泌尿器科学会専門医・指導医。医学博士。

 

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